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静岡地方裁判所沼津支部 昭和49年(ワ)249号 判決

主文

一  被告西武運輸株式会社、同林義郎は各自原告に対し金六三四万九、〇〇〇円および内金五七六万九、〇〇〇円に対する昭和四七年四月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告東京海上火災保険株式会社は原告に対し金六三四万九、〇〇〇円および内金五七六万九、〇〇〇円に対する昭和四七年四月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用中原告と被告西武運輸株式会社、同林義郎との間に生じた分はこれを三分し、その二を原告、その余を同被告らの負担とし、原告と被告東京海上火災保険株式会社との間に生じた分はこれを一〇分し、その四を原告、その余を同被告の負担とする。

五  この判決は、原告において、第一項について同被告らに対し各金一〇〇万円、第二項について金二〇〇万円の担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告西武運輸株式会社(以下被告西武という)、同林義郎は各自原告に対し金一、五六六万円およびうち金一、四二四万円に対する昭和四七年四月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被告東京海上火災保険株式会社(以下被告東京海上という)は原告に対し金一、〇〇〇万円およびこれに対する昭和四七年四月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決と仮執行の宣言とを求め、その請求原因として、次のとおり述べた。すなわち

一  昭和四五年三月一一日午後一一時四〇分頃静岡県沼津市大岡日吉町一、九二九番地の一先国道一号線道路において、内田茂運転の大型トラツク(登録番号「浜松一い一、三八〇番」)と被告林運転の乗用車(登録番号「静岡五ぬ三、三一六番」)とが衝突し(以下本件事故という)、被告林の乗用車に同乗していた原告は両眼に複雑穿孔性角膜裂傷、硝子体虹彩脱出、前房および角膜深層異物侵入、眼瞼変形等の傷害および顔面多数切挫傷、鼻部骨折、全身打撲等の傷害をうけた。

二  右大型トラツクは伊豆箱根陸運株式会社(以下伊豆箱根会社という)の所有に属し、同会社はこれをその業務のため従業員内田に運転させて自己のため運行の用に供していたものであり(同会社はその後昭和四八年三月一五日被告西武に吸収合併された)、又右乗用車は被告林の所有に属し、同被告はこれをその用務に使用して自己のため運行の用に供していたものであるから、被告西武、同林はいずれも自賠法三条により原告が後記のとおり本件事故により蒙つた損害を賠償する義務がある。

三  原告が本件事故により蒙つた損害は次のとおりである。

(一)  治療費等 金五五万円

原告は右傷害により昭和四五年三月一一日から同四七年一月二七日までの間(六八八日)医師の診療をうけたが、その内訳は入院が一二四日、通院が二七二日であり、これに要した費用は医師の治療費金三七万五、四六〇円、付添看護費金四万九、五〇〇円、入院雑費金二万四、八〇〇円(一日金二〇〇円の割合で一二四日分)、通院交通費金一〇万五〇〇円以上合計金五五万円(万円未満切捨)である。

(二)  休業損害 金八八万円

原告は本件事故当時月収金五万円の収入を得ていたが、右のとおり本件事故により入院通院して医師の治療をうけたため、休業を余儀なくされ、従つて、本件事故がなければ、本件事故発生の翌月である昭和四五年四月一日から右医師の治療を終えて傷害の症状が固定した昭和四七年一月三一日まで二二ケ月の間に一ケ月金五万円合計金一一〇万円の収入を得る筈であつたが、昭和四五年四月一日から同年一二月末日までは入院ないし通院による治療のため、又昭和四六年一一月二二日から同四七年一月末日までは入院による治療のためいずれも休業して全く収入がなく、僅かに、昭和四六年一月から同年一一月二二日までの間通院しながら原告の親威方で単純な作業に従事し一ケ月金二万円合計金二二万円の収入を得たに止まつたので、右金一一〇万から金二二万円を控除した金八八万円の休業による損害を蒙つた。

(三)  逸失利益 金一一八〇万円

原告は本件事故当時高校を卒業して四年経過した健康な二三歳の男性であつたが、前記のとおり本件事故により蒙つた傷害を治療の結果、症状固定により視力障害、顔面醜状、流涙等の複数の後遺障害を残して、この後遺障害が労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表に定める第八級に相当し、そのため一般的な労働能力四五パーセントを喪失したのであるが、原告がまだ二三歳の若年であることを考えるとその労働能力一〇パーセントはこれを回復したものとするのを相当とし、従つて、原告の労働能力の喪失は三五パーセントである。ところで、原告はなお右症状の固定した昭和四七年二月一日の二三歳から六五歳の同八八年三月三一日まで四一年二ケ月就職して働らける筈であり、そうすると、毎年度労働省労働統計調査部作成の賃金構造基本統計調査いわゆる「賃金センサス」による企業規模計、男子労働者、高校卒の全年齢層平均収入を下らない収入を得たこととなるから、その間の右労働能力の喪失三五パーセントによる収入の減少を計算すると(昭和四七年三月三一日現在における現価をホフマン方式により年五分の中間利息を控除して求める、その金額は次のとおり金一、一八〇万円(後記(イ)(ロ)(ハ)の合計は金一、一八一万六、〇〇〇円となる)を下らない金額となる。

(イ)  昭和四七年二月一日から同年三月三一日まで金六万五、〇〇〇円(一、〇〇〇円以下切捨、以下同じ)

月収金七万三、〇〇〇円の一二ケ月分金八七万六、〇〇〇円に年間の賞与等の収入金二四万六、〇〇〇円を加えた合計金一一二万二、六〇〇円が年収となるから、これの二ケ月分の金額金一八万七、一〇〇円の三五パーセントの金額は金六万五、四八五円となる(以上の計算は昭和四六年度の賃金センサスによる)。

(ロ)  昭和四七年四月一日から同四八年三月三一日まで金四三万円

月収金八万四、〇〇〇円の一二ケ月分金一〇〇万八、〇〇〇円に年間の賞与等の収入金二八万六、〇〇〇円を加えた合計金一二九万四、〇〇〇円(年収である)の三五パーセントの金額は金四五万二、九〇〇円となり、これにホフマン係数一年の〇・九五二三を乗ずると金四三万二九六円となる(以上の計算は昭和四七年度の資金センサスによる)。

(ハ)  昭和四八年四月一日から同八八年三月三一日まで金一、一三二万一、〇〇〇円

月収金一〇万一、〇〇〇円の一二ケ月分金一二一万二、〇〇〇円に年間賞与等の収入金三二万七、〇〇〇円を加えた合計金一五三万九、〇〇〇円(年収である)の三五パーセントの金額は金五三万八、六五〇円となり、これにホフマン係数四一年の二一・九七〇四から一年の〇・九五二三を控除した二一・〇一八一を乗ずると金一、一三二万一、三九九円となる(以上の計算は昭和四八年度の賃金センサスによる)。

(四)  慰藉料 金四五五万円

前記のとおり原告は本件事故当時高校を卒業して四年経過した健康な二三歳の男性であつて、本件事故により蒙つた傷害のため一二四日入院し、又前後五六四日間に二七二日通院し、更に症状固定による後遺障害を有してそれ以後の稼働可能期間四一年二ケ月を通じ一般的労働能力四五パーセントを喪失したのであるから、これにより蒙つた原告の精神上の苦痛に対する慰藉料は入院期間について金四〇万円(入院一ケ月金一〇万円として四ケ月分)、通院期間について金五五万円(通院期間一ケ月金三万円として一八・五ケ月分)、後遺症期間について金三六〇万円(後遺障害による一般的労働能力喪失一〇〇パーセントに対する慰藉料金八〇〇万円に対する同四五パーセント相当額金三六〇万円)以上合計金四五五万円が相当である。

(五)  損害の填補 金三五四万円

原告は本件事故による損害につき被告林から金二万円、自賠責保険から(イ)被保険者被告林より金一八一万円(傷害の分金五〇万円、後遺症の分金一三一万円)、(ロ)被保険者被告西武より金一七〇万三、四九二円(傷害の分金三九万三、四九二円、後遺症の分金一三一万円)以上合計金三五三万三、四九二円を受領したので、損害の填補は金三五四万円を超えない。

(六)  弁護士費用 金一四二万円

原告は弁護士である原告訴訟代理人に本件訴訟を委任し、勝訴したときは勝訴額を基準に一割を下らない報酬を支払う約束をしたので、本訴で原告が被告西武、同林に請求する右(一)ないし(四)の損害合計金一、七七八万円から(五)の損害の填補金三五四万円を控除した金一、四二四万円の一割に相当する金一四二万円が弁護士費用となる。

四  よつて、原告は被告西武、同林ら各自に対し金一、五六六万円(右金一、四二四万円に(六)の弁護士費用金一四二万円を加えた金額)および内金一、四二四万円に対する本件事故発生後の昭和四七年四月一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

五  被告東京海上は被告林との間に同被告を被保険者とし、同被告所有の前記乗用車を目的として保険金額を金一、〇〇〇万円とする自動車対人賠償責任保険(以下任意保険という)契約を締結し、その保険期間内に本件事故が発生した。従つて、被告東京海上は被告林に対し同被告が原告に対して負担することによつて受ける損害を填補する責任があるところ、原告は民法第四二三条により被告林に対する損害賠償請求権に基づき同被告の被告東京海上に対する保険金請求権を代位行使する権限があるので、被告東京海上に対し右保険金額の範囲内に属する金一、〇〇〇万円およびこれに対する本件事故発生後の昭和四七年四月一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

なお、被告らの抗弁事実はすべて否認すると述べた。〔証拠関係略〕

すなわち

一  原告主張の一の事実のうち、本件事故が発生し、被告林の乗用車に同乗していた原告が負傷したことは認めるが、原告の傷害の部位程度は不知、同二の事実のうち、被告西武に自賠法三条により本件事故について責任があるとの事実は否認し、その余の事実は認める。同三の事実のうち、被告西武が原告に対し自賠責保険から金一七〇万三、四九二円(自賠責保険傷害分として金五〇万円、同後遺症分として金一三一万円)を支払つたことは認めるが、その余の事実はすべて不知

二  本件事故は被告林の一方的過失により発生したものであり、被告西武および内田は大型トラツクの運行に関し注意を怠らず、且つ大型トラツクに構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたものであるから、被告西武には本件事故の責任はない。すなわち、本件事故は当時伊豆箱根会社の従業員であつた内田が事故現場の東西に通ずる国道一号線の南側に面して所在する同会社の営業所を大型トラツクを運転して東京方面へ出発すべく営業所を出て直ちに東方へ右折した際発生したのであるが、同所附近は営業所にある照明設備や街燈により見通しのよい所であり、内田は営業所から道路に出る直前で一旦停止し左右の安全を確認したのち、道路に出て右折を開始し、センターラインより左側の進行車線に這入ろうとしたところ、たまたま東から西へ向い原告を同乗させた乗用車を運転して進行してきた被告林が時速七〇粁の早い速度でしかも前方注視の義務を怠り前方を確認しないで漫然進行を継続したため、乗用車を内田運転の大型トラツクに衝突させて本件事故を発生せしめたのであるから、本件事故は全く被告林の一方的過失により惹起されたものである。このことは、本件事故について、被告林が刑事処分を受けたのに内田は何ら刑事処分をうけていない事実からみても明らかなところである。又本件事故当時内田の運転していた大型トラツクは十分な整備がなされていて、何ら構造の欠陥又は機能の障害がなかつたのである。

以上の次第で、被告西武には本件事故について責任がないから、原告の被告西武に対する本訴請求は失当である。

三  仮に、本件事故発生について内田に過失が存し、従つて被告西武に責任があるものとしても、原告の主張する損害は過大であつて、就中逸失利益、慰藉料についてそれが顕著であり到底認容されるべきでない。

と述べた。〔証拠関係略〕

被告林および同東京海上訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

一  原告主張の一の事実のうち、本件事故が発生し、被告林の乗用車に同乗していた原告が両眼に負傷したことは認めるが、その負傷の程度およびその余の傷害の部位程度はいずれも不知、同二の事実のうち、被告林に自賠法三条により本件事故について責任があるとの事実は否認し、その余の事実は認める。同三の事実のうち、原告がその主張のとおり治療費金五五万円を支払い、又損害の填補として金三五四万円を受けとつたことは認めるが、その余の事実はすべて不知、同五の事実のうち、被告林が被告東京海上と原告主張の任意保険契約を締結したこと、およびその保険期間内に本件事故が発生したことは認めるが、その余の事実特に原告がその主張の債権者代位権を行使しうることは否認する。

二  本件事故は大型トラツクの運転者内田の一方的過失により発生したものであり、被告林は乗用車の運行に関し注意を怠らず、且つ乗用車に構造の欠陥又は機能の障害がなかつたものであるから、被告林には本件事故の責任がない。すなわち、本件事故は、当時被告林が原告を同乗させた乗用車を運転して国道一号線を東から西に向い、前方の安全を確認しながら進行して事故現場である伊豆箱根会社の沼津営業所の東側入口附近に差しかかつた際、これに近接した同営業所西側出口から内田の運転する大型トラツクが何の合図もなく又安全を確認しないで突如として被告林の進行方向を真横に完全に塞ぐ形で道路に走り出て来たのを発見したので、被告林は直ちに急ブレーキを掛けたが、内田の大型トラツクが余りに直前に走り出たため被告林の乗用車は止まりきれず又進路を変更して衝突の回避を計るいとまもなく乗用車を大型トラツクに衝突させて本件事故を発生せしめたのであるから、本件事故は全く内田の一方的過失により惹起されたものである。そして、被告林の乗用車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたものである。

以上の次第で、被告林には本件事故についてその責任がない。

三  仮に本件事故発生について被告林に過失が存し、従つて同被告にその責任があるものとしても、原告の主張する損害は過大であつて、就中逸失利益、慰藉料についてそれが顕著であり到底認容されるべきでない。

四  原告は被告林と以前から親しい友人であつて、本件事故は当時原告が同被告の誘いにより同被告の乗用車に同乗していた際に発生したものであるから、いわゆる好意同乗として、原告の同被告に対する責任追及は損害額の三分の一に制限せらるべきである。然るときは同被告の責任は原告がその主張する損害の填補金三五四万円によつて既に果されているものというべきである。

五  原告は被告林に代位して被告東京海上に対し保険金支払を求めうるものではない。すなわち

一般に交通事故に基づく損害賠償債権は事故の発生と同時に発生し且つ履行期に至るが、その損害額は当事者の示談又は判決等により確定するのに対し、任意保険契約は自動車保険普通保険約款に基き被保険者が「法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害」を保険者が被保険者の救済のため填補することを目的として締結されるものであつて、被害者に損害が生じた場合は、まづこれについて被保険者の賠償責任の存否および賠償額を確定し、次に保険金請求権の存否および保険金支払手続がなされるのであるから、本件において、被保険者たる被告林はそもそも原告に対する自らの損害賠償責任の存否および損害賠償額が確定する以前において、保険者たる被告を東京海上に対し保険金請求権を行使し得ない筋合であり、従つて、原告が被告林に代位して被告東京海上に対し保険金請求権を行使し得ないことは当然である。

と述べた。〔証拠関係略〕

当裁判所は職権で原告および被告林義郎各本人を尋問(いずれも第二回)した。

理由

一  昭和四五年三月一一日午後一一時四〇分頃静岡県沼津市大岡日吉町一、九二九番地の一先国道一号線道路において内田茂運転の大型トラツクと被告林運転の乗用車とが衝突し、同被告運転の乗用車に同乗していた原告が負傷したことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第七号証、原告と被告林、同東京海上との間においてその成立につき争いがなく、原告と被告西武との間において同原告本人尋問の結果によりその成立を認めうる甲第一七、一八号証、同第二六号証を総すれば原告が本件事故によりうけた傷害はその主張のとおり両眼に複雑穿孔性角膜裂傷、硝子体虹彩脱出、前房および角膜深層異物侵入、眼瞼変形等の外顔面多数切挫傷、鼻部骨折、全身打撲等であつたことが認められ(被告林、同東京海上は原告が両眼に傷害をうけたことは争わない)、右認定に反する証拠はない。

二  次に、本件事故当時、右大型トラツクは伊豆箱根会社の所有に属し、同会社はこれをその業務のため従業員内田に運転させて自己のため運行の用に供していたものであり、その後同会社は昭和四八年三月一五日被告西武にいわゆる吸収合併されたこと、および右乗用車は被告林の所有に属し、同被告はこれを自己のため運行の用に供していたものであることはそれぞれ当事者間に争いがない。

三  そこで、被告西武およびその余の被告らの主張する免責の抗弁について判断をする。

成立に争いのない甲第五二ないし五五号証、同五八号証、同第六二ないし六六号証、丙第二、三号証、証人内田茂(第一、二回)、同横山六郎、同渡辺一の各証言、原告および被告林義郎各本人尋問の結果(各第一、二回)、検証の結果を総合すれば、(イ)本件事故現場附近は東西に通ずる幅員一五米の国道一号線の直線道路であつてセンターラインがひかれその片側はそれぞれ二車線となつていて、その南側に歩道を介して被告西武(当時伊豆箱根会社)の沼津営業所が所在し、同営業所には右道路に面した東側に入口、西側に出口が存し、同営業所へ出入する車は右入口から這入つて、右出口から出ていたこと、(ロ)本件事故当時伊豆箱根会社の従業員であつた内田は、大型トラツクを運転して東京方面へ出発すべく同営業所の出口附近において、まず道路の左(西)方の安全を確かめ、次いで右(東)方を見て原告の同乗する被告林運転の乗用車が進行してくるのを発見したが、その乗用車の存する位置からみてそれだけの距離があれば充分大型トラツクを道路内に前進させて東へ向つてセンターラインの左(北)側の走行車線に這入りうるものと軽信し、自車を道路内に前進させたが、自車の前部がセンターラインを越えた附近に差しかかつたところで、被告林の乗用車が速い速度で前進して近づいてくるのをみて自車と衝突する危険を感じ、急いで自車を走行車線に入れようとしたが、遂に被告林の乗用車が前進してきて自車の後部車輪の前附近に衝突したこと、(ハ)他方、被告林は原告を同乗させた乗用車を東から西へ向い本件事故現場附近にさしかかつた際、前方の注視を怠つて、内田の運転する大型トラツクが右営業所出口から道路に進んで出たのを直ちに気付かず右営業所の入口附近の前まで進行して始めてこれを発見し、急いでブレーキをかけたが及ばず乗用車を右内田の大型トラツクの後部車輪前附近に衝突させたものであること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、内田は営業所の出口附近で自車を道路に前進させる際、被告林運転の乗用車が右方から進行してくるのを発見したのであるから、かかる場合は乗用車が通過するのを待ち、それが通過してから自車を道路に前進させるなどして交通の安全を守るべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り漫然その乗用車の位置からみてそれだけの距離があれば自車を道路内に前進させて東へ向つた走行車線に這入りうるものと軽信し、自車を道路内に前進させたため乗用車と衝突したものであつて、内田に本件事故について過失の存することが明らかであり、又被告林も乗用車の運転者として絶えず前方の進行方向を注視し、その進路に出る車があるときは速かにこれを発見して減速するなどこれに対応する適宜の措置をとつて交通の安全を確保すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り漫然と運転を継続したため、内田の運転する大型トラツクが道路に出て来たのをその近くに接近して始めてこれを発見した結果急ブレーキをかけただけで他になすところなく乗用車をこれに衝突させたものであつて、被告林にも本件事故について過失の存することが明らかである。

内田および被告林が本件事故発生についてそれぞれ過失の存すること右のとおりである。してみると、被告西武およびその余の被告らの主張する免責の抗弁はその余のことについて判断するまでもなく失当であるから、被告西武および被告林は本件事故により原告が蒙つた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

四  そこで、原告が本件事故により蒙つた損害について判断する。

(一)  治療費等 金五五万円

原告本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第四ないし三九号証(甲第四、五号証、第九、一〇号証、第一二ないし二四号証、第二六ないし二八号証、第三〇ないし第三七号証の成立については原告と被告林、同東京海上との間において争いがない)、同本人尋問の結果を総合すれば、原告は前記傷害により昭和四五年三月一一日から同四七年一月二七日までの間(六八八日)沼津市の西方外科医院、斉藤眼科医、沼津医師会病院、東京都の芥川眼科医院、慈恵会医科大学病院等へ入院又は通院して医師の治療をうけたが、その内訳は入院が一二四日、通院が二七二日であつて、これに要した費用は医師の治療費が金三七万五、四六〇円、付添看護(原告の母が看護した)費が金四万九、五〇〇円、入院雑費が金二万四、八〇〇円(一日金二〇〇円の割合で一二四日分)、通院交通費が金一〇万五〇〇円以上合計金五五万円(万円未満切捨)を要したことが認められ(原告が治療費金五五万円を支払つたことは原告と被告林、同東京海上との間において争いがない)、右認定に反する証拠はない。

(二)  休業損害 金八八万円

原告本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第四四ないし四六号証、同第六八号証、同本人尋問の結果を総合すれば、原告は本件事故当時土砂の運搬業を営んでいた兄渡辺忠良に雇われ、一ケ月金五万円の収入を得ていたが、前記のとおり本件事故によりうけた傷害を治療するため昭和四五年三月一一日から同四七年一月二七日まで入院ないし通院して仕事を休業するの止むなきに至り、その間の二二ケ月間右一ケ月金五万円の割合による合計金一一〇万円の収入を得ることができなかつたが、もつとも原告はその間の昭和四六年一月から同年一一月二二日までの間は通院しながら小田原市で家具商を営む姉夫婦方で働らき一ケ月金二万円合計金二二万円の収入を得たので、右金二二万円を前記金一一〇万円から控除した残額金八八万円が本件事故による休業の結果蒙つた原告の損害であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  逸失利益 金三八七万九、〇〇〇円

成立に争いのない甲第一号証、同第四一号証、同第四九号証、同第七二号証、同第七三号証の一、二、原告本人尋問の結果(第一回)によつて真正に成立したものと認められる同第二号証、同第六九ないし七一号証の各一、二(原告と被告林、同東京海上との間においてはその成立について争いがない)、原告本人尋問の結果(第一、二回)を総合すれば、原告は昭和二三年二月八日生れであつて本件事故当時高校を卒業して四年経過した健康な二三歳の男性であつたが、本件事故による前記傷害により両眼視力障害、右眼流涙、顔面醜状等の後遺障害を残し、その程度は労働基準法施行規則の身体障害等級表にいう八級に該当し、これに伴い労働能力の低下を来したことが認められるが、他方原告は症状固定後の昭和四七年一一月から四八年一月まで喫茶店で働らき一ケ月平均収入金四万九、四一一円の外年末賞与金五、〇〇〇円(二ケ月の就労に対するもの)の収入を得ていることが認められ、これによれば原告は右後遺障害の負因を有しながらもなお年間少くとも金六一万八、〇〇〇円(右金四万九、四一一円の一二倍に右金五、〇〇〇円の六倍を合算したもの)の収入をあげることができたものと認められるところ、労働省労働統計調査部編集にかかる賃金構造基本統計調査(昭和四六年度)によれば男子労働者高校卒の二〇―二四歳の平均年収は金七九万四、六〇〇円(平均月収金五万三、二〇〇円の一二倍に年間賞与金一五万六、二〇〇円を合算したもの)であることが認められるから、右金七九万四、六〇〇円から前記金六一万八、〇〇〇円を控除した差額金一七万六、六〇〇円は原告が右後遺障害に基く労働能力の低下により来した年間の減収額であるものと認められる。そして、原告はなお、当裁判所に顕著な統計上認められる平均余命年数の範囲内である六五歳まで就業しうるものと認めるのが相当であるから右後遺障害の固定後の昭和四七年二月一日から同八八年二月七日まで働らくものとし、その間の右年間減収額金一七万六、六〇〇円による減収総額の昭和四七年二月一日現在における現価をホフマン方式により年五分の中間利息を控除して求めると金三八七万九、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)となり、従つて、原告は右後遺障害に基く労働能力の低下により右金三八七万九、〇〇〇円の得べかりし収入を喪失し同額の損害を蒙つたものというべきである。

(四)  慰藉料 金四〇〇万円

前記のとおり原告が本件事故によりうけた傷害の部位、程度、治療期間、後遺障害、年齢、後記のとおり原告が被告林の乗用車に同乗するに至つた経緯等のほか本件に現われた諸般の事情を考慮すると、原告の慰藉料の額は金四〇〇万円をもつて相当と認める。

(五)  損害の填補 金三五四万円

原告が本件事故による損害につき被告林から金二万円、自賠責保険から(イ)被保険者被告林より金一八一万円、(ロ)被保険者被告西武より金一七〇万三、四九二円以上合計金三五三万三、四九二円を受領したことは原告と被告林同東京海上との間において争いがなく、右事実から原告と被告西武との間においてもこれを認めることができる(原告が自賠責保険の被保険者被告西武から金一七〇万三、四九二円を受領したことは同被告の認めるところである)。

(六)  弁護士費用 金五八万円

原告本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第五〇号証、同本人尋問の結果によれば原告は本訴提起のため弁護士坂根徳博に本訴を委任し同弁護士の所属する弁護士会の定める規定通りの報酬を支払うことを約したことが認められるが、本訴における原告の請求額に対する認容額同弁護士の訴訟活動その他諸般の事情を総合すると、原告が本件事故により蒙つた損害として被告西武、同林に請求しうる弁護士費用は金五八万円と認めるのを相当とする。

五  以上によれば、原告は本件事故により蒙つた損害の賠償として被告西武、同林各自に対し前記四の(一)の金五五万円、(二)の金八八万円、(三)の金三八七万九、〇〇〇円、(四)の金四〇〇万円の合計金九三〇万九、〇〇〇円から(五)の金三五四万円を控除した金五七六万九、〇〇〇円に(六)の金五八万円を加えた合計金六三四万九、〇〇〇円および内金五七六万九、〇〇〇円に対する本件事故後の昭和四七年四月一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を請求しうるものというべきである。

六  被告林および同東京海上は「原告は被告林の乗用車にいわゆる好意同乗したものであるから、被告林の責任は軽減せらるべきである」旨主張するが、前記甲第五五号証、同第五八号証、原告本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第五一号証(原告と被告林同東京海上との間においてその成立が争いない)、原告および被告林義郎各本人尋問の結果(いずれも第一、二回)を総合すれば、被告林は自動車の整備士であつて、本件事故当日友人であつた原告の助言を得て整備士の本を購入すべく、原告を誘い同人を同被告所有の乗用車の助手席に同乗させて三島市へ行き、右本を購入しての帰途本件事故を惹起したものであることが認められ、右認定に反する証拠はないから、右によれば、原告は未だ被告林と重畳的な運行供用者的地位にあつたものと認めることはできず、自賠法第三条のいわゆる「他人」に該当するものと解するを相当とし、又被告林の責任を軽減すべき事由の存することも見当らないから、右被告両名の主張は採用することができない。

七  被告林が被告東京海上との間に原告主張の任意保険契約を締結したこと、およびその保険期間内に本件事故が発生したことは当事者(原告と同被告ら)間に争いがない。

右によれば、被告東京海上は被告林と本件事故により被告林が被害者に対し負担する損害賠償債務を被告林に対し填補する契約を締結したのであるから、前記認定のとおり被告林が原告に対し負担する損害賠償債務金六三四万九、〇〇〇円につき、被告東京海上は被告林に対しこれを填補する義務があるものというべきであるところ、弁論の全趣旨によれば、原告の被告林に対する右損害賠償債権の執行は必ずしも容易ではないものと認められるから、原告は右債権を保全するため、被告林に代位して被告東京海上に対し右填補債権の履行を求めることができるものといわねばならない。

被告東京海上は「原告は被告林の被告東京海上に対する保険金請求権を代位行使することができない」旨主張するが、その然らざることは右のとおりであるから、被告東京海上の右主張は採用することができない。

次に、特に被告東京海上は保険金確定前には保険金請求権を行使し得ない旨主張するので案ずるに、被告東京海上の債務は被保険者が被害者に対し負担する損害賠償額を被保険者に填補すべき債務であること前記のとおりであつて、これについて、被保険者と被害者との間において、右損害賠償責任の存在およびその額について既に判決や裁判上の和解などの債務名義が成立したか、少なくともそれらについての裁判外の合意が成立した後でなければ、被保険者は保険会社に対し保険金の請求をなし得ないものと解しなければならない理由はこれを見出し得ないところであるのみならず、仮に、保険金の請求について右のような前提要件が必要であると解するとしても、本件においては、被害者に対する損害賠償の請求が併合されているのであるから、代位による保険金の請求は許されるものと解するを相当とし、従つて、これに反する被告東京海上の右主張は採用することができない。

八  右によれば、被告東京海上は原告に対し金六三四万九、〇〇〇円およびうち弁護士費用金五八万円を控除した金五七六万九、〇〇〇円に対する本件事故発生の日の後である昭和四七年四月一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきである。

九  以上の次第で、原告の被告らに対する請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 福田健次)

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